前回「自分史との出会い①」で、なぜ私が自分史というものに取り組もうと思ったのかを書いた。

書いたあとで読み返し、その一番の理由が改めて分かった気がする。
それは「自分のミッション、世の中にいる意味を探せずに迷走していた時期が長かったから、人の生き方を参考にしたいという欲求が強かった」ということだ。

これは本当に長かった。「人には生まれてきた役目があるはずなのに、なんで自分は『私はこれだ!』と誇れるものがないんだろう?どうしてみんな好きなことを見つけ、他人の目を気にせず打ち込めるものを見つけられるんだろう?」という問いに、かなりの時間悩まされてきたと思う。

しかしそれを模索し続けるなかで、私が「これなら自分が打ち込めるな」とたどり着いたのが「自分史」だったのだから、運命というものは分からないものだとつくづく感じる。

そこで前回書いたとおり、自分史について動き出した私に、奇跡とも言えるような出会いが舞い降りた。

自分史の普及と発展のために設立された「自分史活用推進協議会」という一般社団法人の理事で、2013年、東日本大震災復興イベントをきっかけに出会った株式会社 河出書房 の河出岩夫社長に、2016年の夏偶然出会ったのだ。

すでにそのときFacebookで河出社長とは繋がっており、自分史をテーマにした活動をしていることを知っていた。社長は明治19年創業された老舗出版社を四代目として引き継ぎ、自分史に取り組まれていた。
 
自分史に取り組む誠実な姿勢、偶然にも同い年の私にきさくに接してくれる社長に、私は密かに敬意を抱いていたし、話を聞いてみたいという漠然と思っていた。
 
しかし、心の準備がそこまでできておらず、最初に会って以来、二、三度お会いしただけで、自分から積極的にはアプローチしていなかった。
それがようやく自分史についてちゃんと取り組もうと思ったとたん、渋谷のスクランブル交差点のなかでバッタリ出会ったのだ。

その時の驚きはなかなか文字では表せないのだが、あえて言うならばこの出会いは「これはもう神様が自分史をやれと背中を押してくれているのだ」という、半ばスピリチュアルな神のお告げのようだった。

その出会いに感動した私は、協議会がその年の8月に開催する「自分史活用アドバイザー認定講座」を受講することにした。

この講座は全国にある支部が年に何回か開催している1日集中講座で、自分史を書きたい、また仕事にしたい人が自分史についてのいろいろな知識を学び、全講義を修了し登録すると、協議会認定の「自分史活用アドバイサー」資格がもらえるというものだ。
 
ただ「ライフワークにしたい」と言っても、それが仕事、生業にできるかはまた別の話である。
長年生業に迷い続けた私としては、しっかりと仕事として正当な対価を得られるものとして自分史にチャレンジしたいと思っていた。
 
その意味において、数多くの自分史の出版実績がある社長との出会いは、なによりも私の背中を押してくれた大きなきっかけだった。
この出会いは、私自身の自分史にとっても、今も忘れられないエピソードの一つであり、今でもそのきっかけとなった河出社長に感謝の思いでいっぱいである。
 
ともあれ私はこうして「自分史」の扉を叩くことになった。
 
(不定期につづく)

投稿者プロフィール

アバター
柳澤史樹
株式会社 Two Doors 代表社員。
一般社団法人 自分史活用推進協議会認定 自分史活用アドバイザー。
企業研修プログラム「マインドフルカフェ」メンバー。
ライター・編集・プランナーとしても活動中。