Facebookの友人で、子育て中のお母さんであるNさんから、昨夜メッセージが来た。
その内容は「子どもや家族のためにエンディングノートを書いておきたいのですが、オススメはありますか。」というものだった。

Nさんは「こんな状況なので、自分の死を意識してみたら、もっと日々の生活を大切にできそうだと思って」という。
その質問に、多くの人に死生観に対する意識変容が起きていると感じた。

そこで私は「死後に残すことを前提として書き記すエンディングノートもいいけれど、今と未来を生きるための自分史を書きはじめてみてはいかがですか。」と答えた。

エンディングノートは、自らの死後に遺された家族が困らぬように、人生の終末期を迎えた年配の人に広く受け入れられている自分史の一つである。

その種類もさまざまで、思い出の写真を載せたり、葬式の際に連絡してほしい人のリストだったり、希望する葬式のスタイル、銀行口座の情報など、ありとあらゆる情報を生前に残しておくものだ。

もちろん、自分の死に際して準備することは、自分の気持ちを落ち着かせる意味でとても価値があるし、死後遺された親族などが困らずに済むという点でもすばらしい。

しかし私は、まだ若いNさんの自分史のスタートが、死を意識して書くエンディングノートよりも、今この瞬間の生を見つめるものであってほしいなと思ったのだ。

#自分史という視点

私は自分史講座やこのブログで「自分史という視点」という言葉を何度もお伝えしている。
それは、自分が主演でありながら、自分の人生を誰かに伝えるための作品として映画化する監督のように、客観的に見る視点だ。

自分を客観的に見つめると、過去と現在の違いと、さらに未来についても自分の意思がハッキリとし、生きるモチベーションが高まる。
これは私が自分史に取り組みはじめてから得た、実に新鮮な感覚だった。

さらに素晴らしいと思うのは、誰かが作ったメソッドではなく、自分で自己理解したという納得感や自信が得られることだ。

自分史は、その自由度の高さが特徴だ。
前述のエンディングノートをはじめ、自分の生まれたときから起きた出来事を記す時系列のもの、日々の思いを綴るエッセイやコラムのようなものや、仕事や趣味などのあるテーマに基づいて書くものなど、さまざまなスタイルがある。
その人の要望や状況によって形式は異なるので、こうした話をお聞きして提案するのが自分史活用アドバイザーの仕事でもある。

私のメッセージをNさんはしっかりと感じ取ってくれたようで
「エンディングノートだけしか頭になかったのですが、目からウロコが落ちました。これまで自分の感じ方に心を傾けることがなかったけど、それがなにより自分の在り方を見つけるヒントになりますね。なんだか心がスーッとしました。」そう言ってくれた。

自分史は思い出をふり返る要素ももちろんあるけれど、それだけじゃない。
私たちが生まれてきた奇跡と、いま生きている瞬間の価値や奇跡を実感し、未来へ希望をもって生きるためのツールなのだと、これからも伝えていきたいと思う。

投稿者プロフィール

柳澤史樹
株式会社 Two Doors 代表社員。
一般社団法人 自分史活用推進協議会認定 自分史活用アドバイザー。
企業研修プログラム「マインドフルカフェ」メンバー。
ライター・編集・プランナーとしても活動中。