「先月20日に歴史学者吉田裕先生の最終講義があった」というネットの記事で、その講演内容に「自分史の中の軍事史研究」というワードを発見した。

検索すると、氏には昭和史に関する著作が多数あったのだが、そのなかでも2019年新書大賞で18万部を突破したという「日本軍兵士」の「兵士の目線から描く戦争の真実」というキャッチコピーにわたしは興味を惹かれた。


珍しくすぐに即決購入し、先ほど「はじめに」から「序章」を読み進めてみて、いきなりズシンと、データが示す事実の重い衝撃をくらい、その衝撃をライブ感をもって伝えたいとこれを書いている。

最初の衝撃は「アジア太平洋戦争の日本人戦没者310万人、その約9割が1944年以降だった」という、岩手県のデータに基づいた推論だ。

これは終戦1年半前である。
そこまでに戦争を終わらせていたら、9割が生き延びていたかもしれないという事実に言葉を失った。

ここからはじまり、日中戦線で警備1平方キロを0.37人で守らねばならなかったこと、米軍が調査した「日本軍の戦意」に関して、全滅するまで抵抗をやめない日本兵の心理に関するレポート、戦場で7〜8割の日本兵が、虫歯になっていたなど、さまざまな事実が多角的に提示されている。

まだ本編すら始まっていないのにずっしりと重いデータの衝撃。
前述したとおりこの本のメインテーマは「兵士の目から描く戦争の真実」だ。
目次に並ぶこれから読むデータではない小見出しだけで、覚悟がいる。
しかしその膨大なデータの数字の一人ひとりが、確実に存在していた命であり、そのリアルがどうだったのか、どうしても読まねばという思いになった。

一人ひとりが生きている証である自分史。
そもそもこの言葉は、同じく歴史学者の色川大吉氏の著作「ある昭和史 自分史の試み」で初めて世に生まれた言葉である。
彼はそこで「歴史の枠組みがどんなに明快に描けたとしても、その中に生きた人間の中身がおろそかにされているようでは、専門家のひとりよがりとしてみなされよう」と書いている。


人間が未来をつくるには過去からまなび、現在を生きるしかない。
ただ、それは個人レベルでそれぞれがやるしかない。
その個人の集合体が社会であり、国家なわけであって、これは戦争というネガティブな事象だけに限らず、個人の生き方すべてにいえることなのだ。

しょっちゅうこんなことを考えていたら疲れる。
重すぎる事実は受け入れたくないのもあるし、他人にも受けない。
私だって昼間っからこんなブログを書くという自分史が今日刻まれるとは思っていなかったんだから。
ただこういう展開になった以上、自分は知らなきゃいけないし、もし知りたい人がいるなら伝えたいと思ったから書いているのだけども。

ともあれ、私たちは私たちがこれからを幸せに生きるうえためにも、過去の事実が突きつける重い衝撃への耐性と、そのための鍛錬が必要だ。
そんなことを思っている。



投稿者プロフィール

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柳澤史樹
株式会社 Two Doors 代表社員。
一般社団法人 自分史活用推進協議会認定 自分史活用アドバイザー。
企業研修プログラム「マインドフルカフェ」メンバー。
ライター・編集・プランナーとしても活動中。