ご存知の通り現代は、とにもかくにも情報氾濫の時代だ。
発信方法も、新聞やTV、ラジオといった既存のマスメディアからはじまり、個人の発信ツールとしてもSNSがある。

そのSNSも Facebookやtwitter, instagram, youtube, podcast など枚挙にいとまがない。
さらに言えば、その情報の質でさえも「フェイクニュース」に象徴されるように玉石混交だ。しかもそれを米国の大統領までがまことしやかに流すような時代なのだから。

そんな昨今、情報や思いや考えを届けたい人に届け、正しく本意を理解してもらうまでの確率は、いうなれば「1キロ離れたハエの目を撃ち抜くが如く」だと、伝えることを生業にしていて感じる。

2018年に亡くなり、まもなく2周忌を迎える私の父は、出版社の編集者として生きたアナログな活字の人で、いつもなにかを読み書きしていた。
彼の部屋には読めないような文字や校正の線などが引かれた分厚いゲラ(校正用に印刷した原稿の束)が常にあった。

そしてそんな彼は生前数えきれないほどの本を出版し、その中にはベストセラーとなり、TVドラマや映画化されたものまであった。


「教育は死なずーどこまでも子どもたちを信じて (1978年 古書)
この後1979年に続編・1982年に続々編を出版しベストセラーとなった。


さらに前述の原作をもとに、江利チエミ、長門裕之さんにより映画化も。(2018年HDリマスター版が再販)


しかしそんな父は定年後、名古屋東山動物園の園長らが命がけで守った象を子どもたちに見せるために走ったという実話をもとに作られた親子コーラス「ぞうれっしゃ」の活動に、書くこと以上に没頭した。

ある時彼からその理由を「この曲を聞いて、言葉で伝える限界を感じたからだ」と聞いたことがある。
それを聞いた私は「言葉のプロである編集者の彼が、生涯をかけて走りきった末に『言葉の限界を感じた』と言うなんて」と驚いた。

晩年を費やして取り組んだ合唱組曲「ぞうれっしゃ」
1990年、実際のぞうれっしゃを走らせる企画の実行委員長として奔走。


もちろん私も音楽の力の素晴らしさを否定しないし、ある部分では真実だと思う。

しかしなんの因果か、私も妻もいまは言葉を生業にしている。
冒頭述べたとおり、情報が溢れ、伝える方法もいくつもあり、伝えたい人にしっかりと伝えるのは至難の技というこの時代に。

でも、だからこそ、言葉の力を信じたい、そう強く思う。

情報の洪水の中を泳いで読みに来てくれた人との一期一会を逃さないよう、言葉を選び、構成を考え、句読点の位置を直しながら、紡いだ言葉を伝えること。
それは、父の頃とは比べものにならない情報氾濫の時代だからこそ、改めて生きてくるはずだと私は信じている。

私たちが、会社というチームで動き出すことを決めたとき、二人で考えたコピーは「未来にむけた希望を言葉に」だった。

これは図らずも「言葉の限界を感じた」と言った父のチャレンジを、私らが引き継いでいるかたちになった。あくまでも図らずも、だけれども。

そんな私たちは、父には実績も実力もまだ遠く及ばない。
しかし私らは私らなりのやり方で精進し、多くの方々の助けを借りながら、活路を見いだして、未来にむけた希望を言葉にして伝えていきたい、そう思っている。





投稿者プロフィール

柳澤史樹
株式会社 Two Doors 代表社員。
一般社団法人 自分史活用推進協議会認定 自分史活用アドバイザー。
企業研修プログラム「マインドフルカフェ」メンバー。
ライター・編集・プランナーとしても活動中。