現代人は忙しい。働き方に関係なく、みんなとにかく時間がない。もはや「お金持ち」よりも「時間持ち」の方が豊かだと思うこともある。

以前通っていた食の勉強会で、ベストセラー『食品の裏側』を書いた食品添加物の専門家・安部 司さんの特別講演があって「みんなが忙しくて、それでもおいしいものを食べたいから生まれたものが添加物」というような話を聞かせてくれた。

遅れて行ったせいか最前列の中央という特等席で、すぐ目の前にズラーっと並べられた食品添加物を混ぜるデモンストレーションが強烈だった。確か、即興でマヨネーズとかメロンソーダとか色んな味を作って参加者を驚かせながら
「添加物が嫌なら自分で料理するの。でも、早くて簡単で楽でおいしいものを望んだんでしょ。だったらこれ。どっちかなわけよ」
とバッサリ言い切っていた記憶がある。

(↓続編も出たし、かなりのベストセラーになりましたよね。強烈だったもんなぁこの本…)


一方、忙しい人の食習慣として、あらかじめ調理して保存しておく「ミールプレップ」なる習慣も一般的になってきた感がある。SNSのタイムラインでも、毎週末ごとにダーッと1週間分のお惣菜を作り置きしたり、毎食ごとお弁当箱に詰めて冷凍している人を定期的に見かけては、尊敬の思いでLIKEを押している。

自慢じゃないが、わたしはこれまで何度トライしても、快適なミールプレップの習慣化に一度も成功したことがない。

その理由の一つが「そのとき食べたいものが食べたい」という、準備の意味が成り立たない性格にある。
ハマったら毎食・連日おなじものを食べるくせに、自分で大量に作り置きしておいたお惣菜にはテンションが上がらない。食べ物は無駄にしない信条があるので食べるは食べるんだけど、なんていうか、「食べる前に隅々まで味が想像しつくせるもの」に対して全く萌えない。おいしいとかおいしくないという問題じゃないのだから、我ながら厄介でもある。

とはいえ、それなりには忙しい日々ではあり、それなりに料理の時短もしたいわけで、試行錯誤の末ここ数年落ち着いたのが、刻んだ食材を少しだけ発酵させながら長持ちさせることだ。

これなら時間がないときでもすぐ料理がつくれる。方法は簡単で、食材を塩分2〜3%で発酵させるだけ。

中でも一番作りやすく、めちゃくちゃ便利だと思っている食材がこちらの玉ねぎ。言うなれば発酵たまねぎ。

こう見えて玉ねぎ3個丸々。

あ、ちなみにこれ、わたしが好きでやってるだけの方法なので、別に専門家のエビデンスもない。ただ我が家は日常的にこの方法を活かして料理してるので、信じるか信じないかはあなた次第。

作り方は簡単で、玉ねぎをひたすらスライスし(スライサー推奨)全量を測り、総重量の約2%の塩を加えて揉み、出てきた水分ごと保存する。以上。かんたーん。

入るのか、これ?くらいをギュッと押し入れる。


(玉ねぎのスライスは、以前ツイッターで長野の農家・マノマノさんが教えてくれた↓このtipsはかなり効果的だった)

これ、言ってみれば玉ねぎで作るザワークラウト。ただ、ザワークラウト状態の味に発酵するまで待つ必要はなく、すぐ使える。

使い方はたとえば
・お椀に発酵玉ねぎと出汁を注いでお吸い物風とか、
・お味噌を溶けば玉ねぎのお味噌汁に、
・スライスしたトマトに乗せてオリーブオイルをかけて前菜、
・パンに乗せてチーズも乗っけてトーストとか、
・ちぎった葉野菜と合わせて玉ねぎサラダ、
・ふかしたジャガイモとマヨで合えてポテトサラダ、
・溶き卵に入れて焼けば玉ねぎ入り卵焼き、
・ボウルの中で小麦粉をからめて揚げたらかき揚げ、
・カレーや炒め物や煮込みなど具にするとき刻む手間いらず、
などなど。
お腹が空いてキッチンに行ったら、この瓶を手に取り、フタを開ければすぐに使える。玉ねぎは本当めちゃくちゃ万能な食材。

瓶の中では少しずつ緩やかに発酵が進むので、その変化を楽しむのがいい。液体も冷麺スープとかにできるし、玉ねぎの酸味が出てきたらチャーハンにするとか。

個人的には玉ねぎが一番便利だと思うけど、もちろん他の野菜でもできる。

赤玉ねぎも大好き。サンドイッチとか最高。
野菜(ピーマン、きゅうり、茄子、トマト)が獲れまくっても安心。

週末のたびにお惣菜20品目くらい作ったり、3食x1週間分のお弁当を冷凍準備するといったマネージメントができなかったわたしには、結局のところ発酵の力に頼るのが性に合っていた。
ミールではなく、食材ごとにプレップする、2%の法則。

忙しくても、無添加でおいしいものをつくるとしたら、こういう時短も全然いいじゃん、と思っている。
 

去年の夏にこのツイートも。

投稿者プロフィール

柳澤円
柳澤 円(やなぎさわまどか)▷ライター/ 編集/ 翻訳マネジメント。主な執筆分野は食・農・環境・暮らし▷10代後半から留学を含む海外滞在を繰り返し23歳で帰国。英会話スクールの運営に携わったのち都内のコンサル企業に転職。ナショナルクライアントを担当する充実の日々も2011年3月東日本大震災で価値観を一変。自然に近い暮らしへと段階的にシフトする。現在は夫・史樹と共に、横浜から神奈川県内の中山間部へ移り、取材執筆、編集、マネジメント業の傍ら、自家菜園を中心とした自然食とハンドメイドに勤しむ日々。